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子育て母さんの独立起業奮闘記 <連載1> 専業主婦から何故「起業してはたらく!」を実現するようになったか

2018/11/24

はじめまして、板倉里香です。

 

「はたらくを楽しもう♪はたらくあなたの人生を本気で支援する」
情熱キャリアコンサルタント板倉里香です。

このたび、独立起業を応援している「ゆめかなう」で、記事を連載させていただくことになりました。タイトルどおり、私の独立起業の奮闘っぷりを、赤裸々に本音で、お話していこうと思います。よろしくお願いいたします。

 

まず、簡単に自己紹介です。

 

私は、現在、大学3年、高校3年、中学3年の男の子(子ではないな、おっさん(笑))の母親です。今年、3月に独立開業し「オフィスLita」代表として活動をしています。Litaというオフィス名の由来は、利他。「利他の心で仕事をする。」というところから名付けました。

個人向けにはキャリア相談(新卒就活支援、転職支援、仕事復帰支援、経営者向け相談、キャリア支援)活動、法人企業向けにはキャリア面談、メンタルヘルス相談、階層別研修、キャリア研修等の活動をしております。

そして、少し生意気かもしれないですが、
ズバリ「本気ではたらくことを楽しみたい方だけ」を対象にお仕事をしています。

 

独立したかった? 独立なんて考えたことなかった!!

10年前、今でもお付き合いのある友人に初めて会った時、

「板倉さん、将来社長さんになっちゃいなよ。」と言われたことを先日ふと思い出しました。
当時の私の働く現場は家庭。専業主婦業に徹していました。
広い社会に出て、独立起業してはたらくなんてことは全く考えたことがなかったんです!

そして、それから程なくパートで働き始め、4年後には、産業家カウンセラー、国家資格キャリアコンサルタントの資格を取りました。
資格取得後にも会う人、会う人から「板倉さんは起業した方が良い。」とやはり不可解なお言葉をいただきました(笑)。

自分では、独立起業することなど、まったく考えていなかったのですが、周囲からの言葉がけが、私の人生を変えていく、きっかけになっていったのです。

 

専業主婦からの仕事復帰

 

まだ、家庭の中に主婦としていたころの著者(板倉里香)、次男と。

 

約10年前、40歳になろうかとしている時…10歳上の主人と会話をしながらふと思ったのです。

「ヤバイじゃん。」

主人が定年の時にまだ下の子は高校1年生。
専業主婦の私も、働かないと食べていけなくなるのかもしれない?

新卒で働いていた企業は苦渋の決断ではありましたが「結婚退職」をしました。理由は、私はワーカホリック=病的仕事人間の傾向があるから。仕事を続けていたら結婚生活が破綻するだろうなあと想定をして、きっぱり仕事を辞めました。

その後は、家庭に入り、無計画にも3学年違いで、子どもが3人ボロボロ産まれました。

主人に「私、結婚するときに仕事を捨てたんだから、いまさら働くってないよね。」と、話したところ、「働かないと生活できないかもね。」という回答が返ってきて、「げーっ!」って思ったけれど、「働くしかないな!じゃー何する?」というのが、独立起業の引き金でした。

 

「働くしかない!」それで、やりだしたこと

 

まずは公文式教室の採点の先生から開始しました。理由は、教育分野に興味があったからです。そして、2011年2月からは本格的に週4日のパートタイム勤務に出るようになりました。市内の学習塾での受付事務の仕事です。

入社して間もなくの2011年3月11日、東日本大震災が起きました。当日、小学校1年生でした三男はインフルエンザで休んでいました、しかし、わたしの仕事は、どうしても休めない状況でした。
出勤しようとする私に珍しくすがって泣く三男を説得して、後ろ髪をひかれながらも出勤しました。

14時46分、職場で物凄い揺れを感じました。机の下にもぐりながら、自宅で独りで留守番をする三男が、心配でたまりませんでした。出掛けに泣きながら「行かないで!」とすがっていた三男。。。

働き始めてすぐの出来事。その後も何度も心が折れそうになりました。

震災後、暫く余震が続き、揺れるたびに三男は私にしがみつき震えていました。

子どもを置いて、子どもに負担をかけてまで仕事をする必要性があるのか。
でも、仕事に対する責任も感じていました。

 

母親が働くのは本当に大変です

 

色々葛藤を抱えながらも1年3ヶ月、その塾で働きました。
働き始めた時に中3だった生徒さんたちの高校受験が終わり、新年度の準備が済んだ頃に退職をしました。

理由は、労働条件が合わないこと、待遇面で??と疑問に思うことが多くなったからです。
人間関係は良好、生徒も可愛かった…。

「自分の子どものこと、仕事の条件等々、色々天秤にかけながら考えた末の、退職」という決断でした。ほんとうに、とても悩みました。言葉に表せないくらい。

退職届を出し、暫く家庭に戻ろう。そう決意をしました。

 

 

次回に、つづく

 

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